本格的な冬の到来を迎え寒さがひとしお身にしみるころとなりましたが風邪などひかれておられませんか。僕はピンピンしています、というよりビンビンです。なぜクインさんにEDに悩む孤高の男と紹介されたのか、、来年には世界の七不思議になっていることでしょう。はい。紹介遅れました、今年からベアーに加入しました関口傑丸です。1年生が日記を書くのは最後の方かと思ってたので急にまわってきた事に対する驚きは隠せません。マリオで言うマンマミーアですね。当初の計画では、上井さんの日記というか論文というかが、かわいく見えるほどの論文を書くつもりでしたが急にまわってきたので今回は誠に残念ながら、さらっと短めに書くことにしました。苦渋の選択でしたが仕方ないですね。
さてさて、あまりに書くことが無いので僕がアイスホッケーを始めてから今に至るまでを書いていこうと思います。なぜ僕はアイスホッケーという日本ではあまり見かけないスポーツに興じているのでしょうか。時を遡ること18年。僕は産まれたその瞬間思いました、そうだ、アイスホッケーをしよう。アイスホッケーの基礎となるスケートをするがべく、僕は必死に二足歩行を習得。今でも忘れません、自分の手が地面から離れるあの感覚、感無量。そこからは、寝る間も惜しんでスケートに励む毎日。そしてスケートに慣れはじめてきたころ、アイスホッケーというスポーツに打ち込むことを誓いました。まぁ単純に言うと親父がアイスホッケーをやってて、その影響で気付いたら自分もアイスホッケーをやっていました。
時は過ぎ、、
関口傑丸 8才 冬
己の肉体と技量に限界を感じ悩みに悩み抜いた結果、僕が辿り着いたさきは感謝であった。自分自身を育ててくれた競技への限りなく大きな恩、自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが、1日1万回、感謝のサイドフェンス!!気を整え、拝み、祈り、構えて、走る。一連の動作を一回こなすのに当初は5~6秒、1万回走り終えるまでに初日は18時間以上費やした。走り終えれば倒れるように寝る。起きてはまた走りを繰り返す日々。2年が過ぎたころ異変に気付く。1万回走り終えても、日が暮れていない。中学生を迎え、完全に羽化する。感謝のサイドフェンス、1時間を切る!かわりに祈る時間がふえた。氷を下りた時、僕の足は音を置き去りにした。
中学ではバスケをやりつつアイスホッケーもやりつつという生活を送り、迎えた高校。高校ではどちらかに絞ろうと考えていて、どちらにするか悩み抜いた結果、荷物が少なく、朝が早くないバスケにしようと決断。飛んだ落し穴であった。バスケ部には朝練というものがあり、日が昇る前に起床する生活が始まった。そして意識朦朧としている間に3年の月日がたっていた。僕の高校生活はどことやらへ。
そして迎えた大学生。高校の時の教訓をいかし、ひとつのスポーツにみっちり打ち込むということはしないと誓っていた。なのでとりあえず適当にサークルを探し、とりあえずテニサーに入る事にした。しかし、テニサーだけでは物足りない事は目に見えていたので、他のサークルも探した。すると昔自分がやってたっぽいスポーツの格好をしている集団に遭遇。それがベアーであった。ちょっと話を聞きたかったので近づいてみると、半強制的にマネージャーの人にメアドを書かされた。その時初めて殺意という言葉の真意を知った。さすがに嘘です。まぁもともとやった事のあるスポーツだったので、新歓にも行ってみた。そこで、試しに一回練習を見にくれば、と言われたので純粋な僕はそうする事にした、巧妙な罠である事も知らずに。練習後のミーティングが終わり、帰るかと思ったところ、再び半強制的に入部表明をさせられる事に。そこでようやく僕ははめられた事に気が付いた、が時すでに遅し。そうして入ったこの部活、入ってみると意外にもいい人が多い事に驚いた。むしろ尊敬に値する先輩ばかりであった。入ってから約9ヶ月間、尊敬の意を示す毎日であった。しかしイマイチうまく伝わっていないようだ。こんなにも尊敬しているのに、無念でなりません。言葉の限界を感じた18の冬でありました。
という事で、アイスホッケーを初めてから今に至るまでをさらっと書いて見ましたが、嘘ばっかりになってしまいましたが、まぁ大学になって初めてアイスホッケーにマジメに打ち込んでます。ベアーには成績がオールAと偽る者もいるらしいですが、僕が紹介するのはあまりにもおこがましいと思ったので、次は代わりに最近渋谷の雀荘の大会で優勝し、麻雀が本職となりつつある野口君にお願いしたいと思います。
2012年12月5日水曜日
2012年12月3日月曜日
#56 ケツ毛じゃなくて、、、
ご紹介に与りました、ベアーのニコラス・ケイジことクインです。てっきり要の次は舜に回るものだと思っていました。ケツ毛ではなく、チク毛の方ですいません。
ずんさん風に言うと、前回不毛の地に華を咲かせたホビット君がそれまで続いていたお堅い流れを払拭してくれたおかげで、少々書きやすくなったように思います。雑な名前つけちゃってごめんね、ホビット。冬くらいはちゃんと村に帰ってあげな。指輪探してる場合じゃないって。
そんなわけで日記を書くことになったんですが、いったい何について書けばいいものやら。将来の夢?留学の志望理由書には「政治家」と書きましたが、こんな欺瞞に満ちた男に日本を任せるのは少々危険ではないかと。じゃあベアーの未来?そんなことは言うまでもありません。ベアーの未来はwowwow wowwowでしょう。そこで色々考えてみた結果、思いついたのが「成人式」です。
二十歳を迎えた僕にとって、15の時から夢見続けてきた大人の祭典。人生に一度の晴れ着を身に纏い皆が酒と女と薬に溺れる祭典。とは言っても、成人式の目標について書いたところで「テレビに映らない程度に頑張る」の一行で綺麗に完結してしまいます。そこで、式を迎えるにあたって再会することが予想される、これまでに出会ってきた様々な不可思議な人々を紹介しようと思います。
まずは、、、そうですね。小学校時代からの旧友「Daiki」について話します。
彼は昔から破天荒な子でした。学校を早退したいがために火災報知器を鳴らしたり、歴史のテストで○×問題も全てはずし、100点満点中2点をとった時の唯一の正解が必死でカンニングした「袁世凱」だったり、角刈り以外ほぼ禁止なのでは?と思われるような厳しい校則の中突然パンチパーマで学校に来て、生活指導の教師に「朝起きたらこうなっていた」と供述したりするようなことも彼にとっては日常茶飯事。喧嘩をすることも多々あり、友達の内では仲良くすると同時に少し恐れられる存在だったように思います。
ある日、友達と保健室で授業を休んでいるといつも通りにカッコつけた、あからさまに横着な歩き方で彼がやってきました。カバンを持っているところを見ると、たった今学校に来たのでしょう。そんな常連客に向かって先生は「あんた何しに来たとね?どうせ熱もなかろーもん!」と怒鳴りつけました。その時彼が口にした言葉を僕はいまだに忘れることが出来ません。今までに見たこともないようなドヤ顔で彼はこう言い返しました。
「全身口内炎たい!」口内って意味が分からないのかな。
彼も今では立派な二十歳。成人式では袴で観客を沸かせてくれることでしょう。
次に紹介したいのは、、、そうですね。福岡県高校生アイスホッケーチーム「福岡ブレイカーズ」を率いる名(迷)コーチ、アベさんがいいでしょう。
「永遠のティーンエイジャー」「博多のピーターパン」数々の異名を持つ伝説の男、アベ。彼は博多のマスコットキャラクタ―的存在です。熊本の「くまもん」、今治の「バリィちゃん」、博多の「アベ」。52歳にして襟足は肩甲骨まであり、言うまでもなく独身、さらにはフリーターです。趣味(仕事?)はパチンコで、打つ時は必ずブレイカーズのジャージを着ています。言うなればブレイカーズの歩く広告塔。僕が高校のチームに参加できたのはほんの数か月だったので、彼の偉業はほんの一部しか知りません。その中の一つを紹介したいと思います。
ブレイカーズの卒業イベントとして追いコンなるものがあります。涙を必死にこらえる後輩たちに見送られる中、監督、コーチ、卒業生でスナックに行くという最低のものです。早々にベロンベロンに酔ったアベさんは、初めて夜の街を目の当たりにしてオドオドしている僕たちの目の前でママをしつこく口説いていました。そして帰り際、東日本大震災が起きた直後で日本国民全員が一つとなり、自分には何ができるか必死に模索している中、彼はスナックの被災地募金を持ち帰ろうとしました。視線は僕に向けられ、今までに見たことのないような笑顔でまっすぐに見つめられました。「お前も分かってるよな?」心にそう問いかけられたような気がします。分からないよ。何一つ分からないよ。もちろんいたずらはママにばれ、こっぴどく怒られていました。その間もずっとバツの悪そうな顔で照れ笑いするアベさん。あれ、前歯が何本か足りないような、、、。
店を出て二軒目に移動していると、ベロンベロンのアベさんが焼き芋屋にぶつかりました。もちろん即座に怒鳴りつけるのが彼のやり方。しかし内容は「この焼き芋高すぎるやろーが!」というものでした。これには焼き芋屋もビックリ。「では100円引きにします」と焼き芋屋。なんていい人だろう。それに対して「それでいいったい」と言葉を残し、立ち去るアベさん。
、、、買わんのかい!!この男は毎回練習終わりのミーティングで「アイスホッケーは私生活の態度次第。日頃の行いがプレーに出る」と僕たちに諭していました。大人を信じない心を育んでくれてありがとう。
ホッケー用語に「ing」を付けたら何でもカッコ良くなると思っているアベさん。次会う時は「オフサイディング」がちょっとおかしいことに気づいてたらいいな。
あと何人か紹介しようと思いましたが、思いの外長くなりました。簡潔にまとめるのがクイン。ならば惜しまれる中筆を置こうではありませんか。紹介シリーズは中々長持ちしてくれそうです。運のいいことに、ベアーにも個性溢れる面々が揃っています。早く清水を紹介したくてしたくてたまりません。
そんなわけで、先に述べたような人々に会うことを考えると年末の帰省が待ち遠しいクインでした。残り少ない後期リーグ頑張りましょう。次はEDに悩む孤高の男、たけまるに襷をつなぎたいと思います。頑張れ、たけまる。負けるな、たけまる。
ずんさん風に言うと、前回不毛の地に華を咲かせたホビット君がそれまで続いていたお堅い流れを払拭してくれたおかげで、少々書きやすくなったように思います。雑な名前つけちゃってごめんね、ホビット。冬くらいはちゃんと村に帰ってあげな。指輪探してる場合じゃないって。
そんなわけで日記を書くことになったんですが、いったい何について書けばいいものやら。将来の夢?留学の志望理由書には「政治家」と書きましたが、こんな欺瞞に満ちた男に日本を任せるのは少々危険ではないかと。じゃあベアーの未来?そんなことは言うまでもありません。ベアーの未来はwowwow wowwowでしょう。そこで色々考えてみた結果、思いついたのが「成人式」です。
二十歳を迎えた僕にとって、15の時から夢見続けてきた大人の祭典。人生に一度の晴れ着を身に纏い皆が酒と女と薬に溺れる祭典。とは言っても、成人式の目標について書いたところで「テレビに映らない程度に頑張る」の一行で綺麗に完結してしまいます。そこで、式を迎えるにあたって再会することが予想される、これまでに出会ってきた様々な不可思議な人々を紹介しようと思います。
まずは、、、そうですね。小学校時代からの旧友「Daiki」について話します。
彼は昔から破天荒な子でした。学校を早退したいがために火災報知器を鳴らしたり、歴史のテストで○×問題も全てはずし、100点満点中2点をとった時の唯一の正解が必死でカンニングした「袁世凱」だったり、角刈り以外ほぼ禁止なのでは?と思われるような厳しい校則の中突然パンチパーマで学校に来て、生活指導の教師に「朝起きたらこうなっていた」と供述したりするようなことも彼にとっては日常茶飯事。喧嘩をすることも多々あり、友達の内では仲良くすると同時に少し恐れられる存在だったように思います。
ある日、友達と保健室で授業を休んでいるといつも通りにカッコつけた、あからさまに横着な歩き方で彼がやってきました。カバンを持っているところを見ると、たった今学校に来たのでしょう。そんな常連客に向かって先生は「あんた何しに来たとね?どうせ熱もなかろーもん!」と怒鳴りつけました。その時彼が口にした言葉を僕はいまだに忘れることが出来ません。今までに見たこともないようなドヤ顔で彼はこう言い返しました。
「全身口内炎たい!」口内って意味が分からないのかな。
彼も今では立派な二十歳。成人式では袴で観客を沸かせてくれることでしょう。
次に紹介したいのは、、、そうですね。福岡県高校生アイスホッケーチーム「福岡ブレイカーズ」を率いる名(迷)コーチ、アベさんがいいでしょう。
「永遠のティーンエイジャー」「博多のピーターパン」数々の異名を持つ伝説の男、アベ。彼は博多のマスコットキャラクタ―的存在です。熊本の「くまもん」、今治の「バリィちゃん」、博多の「アベ」。52歳にして襟足は肩甲骨まであり、言うまでもなく独身、さらにはフリーターです。趣味(仕事?)はパチンコで、打つ時は必ずブレイカーズのジャージを着ています。言うなればブレイカーズの歩く広告塔。僕が高校のチームに参加できたのはほんの数か月だったので、彼の偉業はほんの一部しか知りません。その中の一つを紹介したいと思います。
ブレイカーズの卒業イベントとして追いコンなるものがあります。涙を必死にこらえる後輩たちに見送られる中、監督、コーチ、卒業生でスナックに行くという最低のものです。早々にベロンベロンに酔ったアベさんは、初めて夜の街を目の当たりにしてオドオドしている僕たちの目の前でママをしつこく口説いていました。そして帰り際、東日本大震災が起きた直後で日本国民全員が一つとなり、自分には何ができるか必死に模索している中、彼はスナックの被災地募金を持ち帰ろうとしました。視線は僕に向けられ、今までに見たことのないような笑顔でまっすぐに見つめられました。「お前も分かってるよな?」心にそう問いかけられたような気がします。分からないよ。何一つ分からないよ。もちろんいたずらはママにばれ、こっぴどく怒られていました。その間もずっとバツの悪そうな顔で照れ笑いするアベさん。あれ、前歯が何本か足りないような、、、。
店を出て二軒目に移動していると、ベロンベロンのアベさんが焼き芋屋にぶつかりました。もちろん即座に怒鳴りつけるのが彼のやり方。しかし内容は「この焼き芋高すぎるやろーが!」というものでした。これには焼き芋屋もビックリ。「では100円引きにします」と焼き芋屋。なんていい人だろう。それに対して「それでいいったい」と言葉を残し、立ち去るアベさん。
、、、買わんのかい!!この男は毎回練習終わりのミーティングで「アイスホッケーは私生活の態度次第。日頃の行いがプレーに出る」と僕たちに諭していました。大人を信じない心を育んでくれてありがとう。
ホッケー用語に「ing」を付けたら何でもカッコ良くなると思っているアベさん。次会う時は「オフサイディング」がちょっとおかしいことに気づいてたらいいな。
あと何人か紹介しようと思いましたが、思いの外長くなりました。簡潔にまとめるのがクイン。ならば惜しまれる中筆を置こうではありませんか。紹介シリーズは中々長持ちしてくれそうです。運のいいことに、ベアーにも個性溢れる面々が揃っています。早く清水を紹介したくてしたくてたまりません。
そんなわけで、先に述べたような人々に会うことを考えると年末の帰省が待ち遠しいクインでした。残り少ない後期リーグ頑張りましょう。次はEDに悩む孤高の男、たけまるに襷をつなぎたいと思います。頑張れ、たけまる。負けるな、たけまる。
2012年12月2日日曜日
#19 えーとっ
えーと、皆さん、いかがお過ごしでしょうかー。今年は秋を通り越していきなり冬が来てしまいました。秋ファッションはどこへやら。そして最近は、劇的に寒いですね。いやですねー。風邪にはパブロン。
はい、川野大先生からご紹介に預かりました、要です。なかなか珍しい名前ですね。自己紹介では名前ネタでいくらでも引っ張れます。そういえば、要 潤という俳優を知っていますか?あの人、実は、僕の親戚じゃないんですよ。あしからず。よくサインを頼まれますが、無理ですよ。あしからず。
ところで、僕がなぜホビットと紹介されるのか未だによく分かりません。ちなみにホビット自体僕はよく知りません。不思議過ぎてもう4日も寝ていないです。食も喉を通りません。今世紀最大の謎です。都市伝説です。あの小さな妖精のホビットと僕を重ねているのでしょうか。ならば、この場を借りて言わせていただくと、実は、僕、ほぼ身長170cmあります。足のサイズも極端にでかくないです。信じるか信じないかはあなた次第。。。いや、信じてください。まあこんな事を言ったところで誰かが「背伸びをするな」と言っているのが目に見えるので、このホビット問答は終わりにします。これにて解散。
以前から続いている皆さんの日記を見ていると、非常に高尚な話題が続いております。そこで、私もその流れに乗って、政治学科らしく選挙システムの考察や、日本政治の在り方について真面目に書こうと長く息巻いておりましたが、どうやら皆さんがそれを僕に臨んでおられないようなので、仕方なく、仕方なく謎のベールに包まれた最近の要の日常を「初体験」をキーワードにつらつらと書いてみようかと思います。笑
まず最初に。皆さんご存知かどうか分かりませんが、私ついに“バイト”というものを始めました。バイトをやるやるといって早2年、結局やらずじまいに終わるのではないかという世間からの厳しいお声もありましたが、ついに始めました。初めてのバイトです。それは、地元にあるカフェです。憧れのカフェ。たぶんカフェで働く僕の姿は容易に想像つくと思います。似合いそうですもんね。気持ち分かります。まだ見習い中の私ですが、新しい体験にそれはそれはルンルンしております。ルンルンルンかもしれません。職場の方々にも恵まれ、楽しくやっております。本当にありがとうございます。カフェオレの作り方、ベリーベリーミックスの混ぜ方、パンの配列など、あの要が真面目に働いています。決して“激務”ではありませんで、あしからず。笑
そろそろ笑顔で「ありがとうございました」にも慣れてきました。ニコニコ顔も様になってきています。お客様は神様です。皆さんもぜひぜひ足を運んでくださいな。もし、来ていただけたらキャラメルラテのキャラメルの量を少しだけ多く出来ます。おまけにお口拭きもサービスします。おいでやす。
そして、初体験と言って思い出すのが、やはり仮装。ハロウィーンでの仮装。結果から言わせていただくと、、、、納得の出来でした。笑 たまに自分で写真を見直す時がありますが、我ながらよくぞここまで、気持ち悪い格好ができるなと笑ってしまいます。あの格好で街を歩くことに若干の楽しさを感じている自分を今回新しく発見しました。そっちの気があるのでしょうか。おそらく仮装の時期を間違えれば、きっと僕は法廷に立たされていたでしょう。そんな格好です。皆さんの格好の秀逸さたるやも素晴らしく、非常に参考になりました。
しかし、唯一反省をするなれば、コンセプトが大事であるということを痛感しました。やはり、皆さんにパッと見て分かるキャラクターに扮さないと、写真撮ってくださいの一言もありません。フィルム一枚分も僕らに使ってくれません。通りすがりにニヤつかれるだけで、コンセプトのない僕や地デジカはただただ六本木の外気にさらされていただけです。僕だって、女性集団の真ん中でポーズ取りたかった。ということでもう来年用の仮装を構想し始めていることは内緒で。
思い返せば、この夏に行った留学も初めての経験でした。皆さんにはfacebookで多大なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません。笑 あれはすべてタグ付けでございます。サザエでございます。
写真を見る限り遊んでしかいないように見られがちですが、あれは活動の一部で、ほとんどはお勉強ですよ。そりゃ、休みのときにはタイタニックの真似事ぐらいします。
しかし、海外に行って何かを学ぶことで、日本にいるだけでは気付けない“世界に対する感覚”を得られたように思えます。旅行でもいいと思います。漠然とした言い方ですが、きっと分かって頂けると信じます。ぜひ皆さんも時間のあるうちに海外に目を向けてみると楽しいですよ。そんな気がします。僕も機会があれば、また行きたいですね。そして将来は外人と結婚なんて、、、あるとおもいます。
まあ書きたいことはまだまだありますが、それを夜遅くまで書いているとお寝坊さんになってしまうのでここらで締めますが、要するに、何事も経験が大事だと思いました。経験しないことには何も分かりません。やらないことには、それが良いのか悪いのかの判断も出来ないです。どんな環境でも飛び込んでいけば、色んな人と出会えて、知らないことが勉強できて、何かしらプラスになると確信しています。そんなことを日常の「初体験」から感じている今日この頃です。まあそういう経験いつするの、今でしょ。的なことですね。はい。
ふざけた文章を大変長く書いてしまいましたが、読んでいただいてありがとうございました。次回こそは日本政治をバッサリ斬っていきたいと思います。
では、次は一緒に六本木でさびしい思いをしながらも、最近は留学を決めたおめでたいクイン君にバトンタッチします。
2012年11月30日金曜日
#11はい、こんにちは
こんにちは。
石田さんから元祖妖怪糞漏らしと紹介があったベアー二年の川野友裕です。
正確には元祖ではないのですが、色々と話すと糞漏らしネタだけで日記が終わってしまうのでやめておきます。
日記を書くのは、高校の時流行った仲間内でホームページを作った時以来なので、何を書いていいか分かりません。が、考えた結果、僕の今までやってきたスポーツについて書こうかと思います。
興味ないと思いますが、読んでくれたら嬉しいです。
中学時代-バレーボール→バスケットボール
僕は実は中学一年生の時、バレーボル部に入りました。背は150そこそこしかなくとりわけ大きいほうではなかったのですが、先生の強い勧めで入部しました。しかし、バレー部は全然練習をしない万年一回戦チームでした。元々、ガッツリ部活をしたかったし、バレーボールは自分のやりたかったスポーツじゃないと思ったので、バレー部をやめ、隣のコートで真剣に練習しているバスケットボール部に入部しました。1年も終わりかけの時にバスケットボール部に入った僕は、ついていけるのか、チームに馴染めるのか、という不安ばかりが頭を巡っていました。しかしそんな不安もすぐに消えていきました。バスケットボールが本当に楽しかったからです。毎日、有志のみ集まって朝練、授業後は部活をし、6時に練習が終わると、知り合いの草バスケチームの練習に参加したり、高架下でやってるストリートバスケに加わったり、賭けバスケなんてのもしました。まさにバスケ漬けの毎日でした。チーム自体は強いチームではなかったのですが、全中予選では何とか四回戦まで勝ち進み地区ベスト16で終わりました。引退後はクラブチームから声をかけていただいて、クラブチームに所属してバスケを続けました。そしてクラブも12月に引退をし、バスケ生活が終わりました。
高校時代-スキー
バスケも終わり、完全燃焼した僕は遊びほうけていました。そんな時スキー部の友達と監督から誘われました。僕は小さい頃からスキーをしていて、中学二年生の時のスキー合宿で滑りを見ていた監督が入らないかといってくれました。まあ暇だし、てきとうにやってみっか、と軽い気持ちで入部を決めました。しかし軽い気持ちでできるものではありませんでした。アルペンスキー(旗が立ててあって、タイムを競うスキー。ダウンヒルになるとプロだと150キロまででる)ですが、種目としては、ジャイアントスラロームとスラロームの二種で、フリースキーをやっていた僕はアルペンスキーをしたことがなく、初めての合宿で相当落ち込みました。かなりの自身があったからです。上手い奴、速い奴なんてゴロゴロいる。完全に井の中の蛙でした。これは真剣に取り組むしかないと思い練習に励みました。元々フリースキー(基礎スキー)をしていたのでタイムはどんどん上がり、1年の最後の県大会はタイトル取れるんじゃないかというところまで来ました。しかし、大会前日、アップで足首が骨折し、救急車で運ばれました。骨折に加え、靭帯、脱臼もプラスされ、手術、リハビリ合わせて10ヶ月かかりました。シーズンは丸つぶれ。最後まで元の滑りに戻ることなく引退しました。もうスポーツは絶対に真剣にやらない、遊び程度にしか、特にスキーはもういい、そんなことを思いました。
大学時代
そしていろいろあって、今はアイスホッケーをしています。真剣にまたスポーツに取り組んでいます。ホントに難しいスポーツです。
と、こんな感じです。
三つのスポーツをやってきましたが、どのスポーツでも感じたことがあります。「上には上がいる」ということです。スポーツに限ることではないですが、本当に感じます。上手い奴より上手い奴がいる、自分がたくさん練習してると思ってもそれ以上に練習してる奴がいる、ということです。
今、1年の時練習しなかったツケが回ってきている気がします。
まだまだ練習が足らないので、練習して実力をつけ、試合に出れるように精進します。
長文だしかなり自己満な日記になってしまいすいません。柄にもなく真面目なことを書いてしまいました。いや、柄ですね。
では、次は現在上映中の映画「ホビット」の続編の撮影で多忙を極めている主演の要南欧人くんに回したいと思います。よろしく
石田さんから元祖妖怪糞漏らしと紹介があったベアー二年の川野友裕です。
正確には元祖ではないのですが、色々と話すと糞漏らしネタだけで日記が終わってしまうのでやめておきます。
日記を書くのは、高校の時流行った仲間内でホームページを作った時以来なので、何を書いていいか分かりません。が、考えた結果、僕の今までやってきたスポーツについて書こうかと思います。
興味ないと思いますが、読んでくれたら嬉しいです。
中学時代-バレーボール→バスケットボール
僕は実は中学一年生の時、バレーボル部に入りました。背は150そこそこしかなくとりわけ大きいほうではなかったのですが、先生の強い勧めで入部しました。しかし、バレー部は全然練習をしない万年一回戦チームでした。元々、ガッツリ部活をしたかったし、バレーボールは自分のやりたかったスポーツじゃないと思ったので、バレー部をやめ、隣のコートで真剣に練習しているバスケットボール部に入部しました。1年も終わりかけの時にバスケットボール部に入った僕は、ついていけるのか、チームに馴染めるのか、という不安ばかりが頭を巡っていました。しかしそんな不安もすぐに消えていきました。バスケットボールが本当に楽しかったからです。毎日、有志のみ集まって朝練、授業後は部活をし、6時に練習が終わると、知り合いの草バスケチームの練習に参加したり、高架下でやってるストリートバスケに加わったり、賭けバスケなんてのもしました。まさにバスケ漬けの毎日でした。チーム自体は強いチームではなかったのですが、全中予選では何とか四回戦まで勝ち進み地区ベスト16で終わりました。引退後はクラブチームから声をかけていただいて、クラブチームに所属してバスケを続けました。そしてクラブも12月に引退をし、バスケ生活が終わりました。
高校時代-スキー
バスケも終わり、完全燃焼した僕は遊びほうけていました。そんな時スキー部の友達と監督から誘われました。僕は小さい頃からスキーをしていて、中学二年生の時のスキー合宿で滑りを見ていた監督が入らないかといってくれました。まあ暇だし、てきとうにやってみっか、と軽い気持ちで入部を決めました。しかし軽い気持ちでできるものではありませんでした。アルペンスキー(旗が立ててあって、タイムを競うスキー。ダウンヒルになるとプロだと150キロまででる)ですが、種目としては、ジャイアントスラロームとスラロームの二種で、フリースキーをやっていた僕はアルペンスキーをしたことがなく、初めての合宿で相当落ち込みました。かなりの自身があったからです。上手い奴、速い奴なんてゴロゴロいる。完全に井の中の蛙でした。これは真剣に取り組むしかないと思い練習に励みました。元々フリースキー(基礎スキー)をしていたのでタイムはどんどん上がり、1年の最後の県大会はタイトル取れるんじゃないかというところまで来ました。しかし、大会前日、アップで足首が骨折し、救急車で運ばれました。骨折に加え、靭帯、脱臼もプラスされ、手術、リハビリ合わせて10ヶ月かかりました。シーズンは丸つぶれ。最後まで元の滑りに戻ることなく引退しました。もうスポーツは絶対に真剣にやらない、遊び程度にしか、特にスキーはもういい、そんなことを思いました。
大学時代
そしていろいろあって、今はアイスホッケーをしています。真剣にまたスポーツに取り組んでいます。ホントに難しいスポーツです。
と、こんな感じです。
三つのスポーツをやってきましたが、どのスポーツでも感じたことがあります。「上には上がいる」ということです。スポーツに限ることではないですが、本当に感じます。上手い奴より上手い奴がいる、自分がたくさん練習してると思ってもそれ以上に練習してる奴がいる、ということです。
今、1年の時練習しなかったツケが回ってきている気がします。
まだまだ練習が足らないので、練習して実力をつけ、試合に出れるように精進します。
長文だしかなり自己満な日記になってしまいすいません。柄にもなく真面目なことを書いてしまいました。いや、柄ですね。
では、次は現在上映中の映画「ホビット」の続編の撮影で多忙を極めている主演の要南欧人くんに回したいと思います。よろしく
2012年11月27日火曜日
#61 はじめまして
はじめまして。3年の石田和正です。後期になりKEIO ELKから移籍しベアの一員として仲間入りしたばかりですが、西山君からの紹介にありましたように「妖怪◯そ漏らし」としてなんとかメンバーに強烈な印象を植え付けることができたのではないかと思っています。
ベアの日記がどのような歴史を刻んできたのか全く想像がつかず、どのようなことを書けば良いのかわからないので、とりあえず僕の趣味である ”旅” ついて書こうと思います。(お前の趣味なんぞ興味ないわという方は次の人の日記まで少々お待ちください)
旅歴
①大学1年 東京から実家のある熊本まで自転車で帰る(いわゆる日本横断?)
②大学2年 約1ヶ月間ヨーロッパ6カ国周遊+約2週間NY
③大学3年 約1ヶ月半東南・東アジア6カ国周遊
(予定)大学4年 サモア諸島でダイビングライセンスをとりツバルなど南国周遊
南米一周
①なんちゃってロードバイクを買って、思いつきで旧友と2人で自転車旅行することに。出発当日豪雨に見舞われ、びしょびしょになりながら箱根の芦ノ湖を目指したせいで到着時には全身ふやけていて足先は水虫になったんじゃないかと思うほどの痒みに襲われ、初日にして心が折れそうになりました。静岡では、120キロ近く走行して汗だくになったあとに野宿しようとしたら、近隣の人が異臭がすると警察に通報したらしく、なぜか警察に補導されてしまいました。
②バックパッカーという言葉に憧れ、ヨーロッパへ。特にハプニングもなく終了。オススメはオランダのザーンセ・スカンスという風車村とスペインのトマティーナ。ザーンセ・スカンスはいかにもオランダって感じで、風車の中にも入れたりチーズの試食ができたりします。オランダまで行かなくても長崎のハウステンボスで同じ雰囲気を体験できますが、感動はオランダのほうが大きいと思います。スペインのトマティーナは言わずと知れたスペイン3大祭りの1つで、1日に120万トンのトマトが使用されます。トマトは投げるも良し食べるも良し(固くてマズい)、見知らぬ人のTシャツやズボンを大男どもが引き裂いてスッポンポンにさせるのも良しとされる、なんでもありのキチガイな祭りでした。ちなみに、女性の服を引きちぎることが許される権利は女性の友人のみに与えられるらしいです。
③インドにいた3週間弱、常時下痢でした。空港でも、電車でも、ホテルでも、タージマハルでも、砂漠でも、、、常時下痢。まさか、砂漠のど真ん中で朝日が登るのを見ながら下痢をするとは思いませんでした。インドと言えば下痢。というほど下痢の記憶しかありません。うそと思うかもしれませんが行けば分かりますよ。インドと言えば下痢。
①大学1年 東京から実家のある熊本まで自転車で帰る(いわゆる日本横断?)
②大学2年 約1ヶ月間ヨーロッパ6カ国周遊+約2週間NY
③大学3年 約1ヶ月半東南・東アジア6カ国周遊
(予定)大学4年 サモア諸島でダイビングライセンスをとりツバルなど南国周遊
南米一周
①なんちゃってロードバイクを買って、思いつきで旧友と2人で自転車旅行することに。出発当日豪雨に見舞われ、びしょびしょになりながら箱根の芦ノ湖を目指したせいで到着時には全身ふやけていて足先は水虫になったんじゃないかと思うほどの痒みに襲われ、初日にして心が折れそうになりました。静岡では、120キロ近く走行して汗だくになったあとに野宿しようとしたら、近隣の人が異臭がすると警察に通報したらしく、なぜか警察に補導されてしまいました。
②バックパッカーという言葉に憧れ、ヨーロッパへ。特にハプニングもなく終了。オススメはオランダのザーンセ・スカンスという風車村とスペインのトマティーナ。ザーンセ・スカンスはいかにもオランダって感じで、風車の中にも入れたりチーズの試食ができたりします。オランダまで行かなくても長崎のハウステンボスで同じ雰囲気を体験できますが、感動はオランダのほうが大きいと思います。スペインのトマティーナは言わずと知れたスペイン3大祭りの1つで、1日に120万トンのトマトが使用されます。トマトは投げるも良し食べるも良し(固くてマズい)、見知らぬ人のTシャツやズボンを大男どもが引き裂いてスッポンポンにさせるのも良しとされる、なんでもありのキチガイな祭りでした。ちなみに、女性の服を引きちぎることが許される権利は女性の友人のみに与えられるらしいです。
③インドにいた3週間弱、常時下痢でした。空港でも、電車でも、ホテルでも、タージマハルでも、砂漠でも、、、常時下痢。まさか、砂漠のど真ん中で朝日が登るのを見ながら下痢をするとは思いませんでした。インドと言えば下痢。というほど下痢の記憶しかありません。うそと思うかもしれませんが行けば分かりますよ。インドと言えば下痢。
バックパッカーと聞くと、若干カッコよく聞こえます(自分には)がやってみて分かったことはかなりの精神力と体力を要することと「一人旅してる自分!」みたいな自己陶酔をしなければやってられず、決してカッコイイものではないということです。ですが、ハプニングやいろいろなおもしろい出会いがあるので経験の一つとして、旅をここでオススメしておきます。
長文駄文汚文失礼しました。
みなさん忘れているようですが、僕はあくまで「妖怪◯そ漏らし2世」です。
ということで次の日記は「元祖妖怪◯そ漏らし」の川野よろしく。
2012年11月22日木曜日
#7 ごきげんよう!
日増しに寒さの募る今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
武朗からの催促メールが届いたのでそろそろ書きます。
今季期待の星である西村君から日記を受け継ぎました三年副将の西山亮です。
私事ではありますが先日ついに「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」を観に行きました。前作放映から3年もの間、首を長くして待ち望んでいただけに感動は一入、未だ興奮冷めやらぬといったところでしょうか。まるで3年越しの恋が実ったような気分です。3年後しの恋とかしたことないけど。
そんなわけで今モチベーションはかなり上がっております。おそらく今日の試合では3点くらい決められるんじゃないでしょうか。
そんなことはさておき、今回はこの場をお借りして練習後行われるミーティングの意義について思うところを書き連ねたいとおもいます。
結論から申し上げると部員全員にもっと主体的にミーティングに参加してほしいし、するべきだと思っています。
最近は岩本やりゅうの、クインなんかは積極的に反省点・改善点等を指摘してくれていますが、他のみんなも練習中考えたことや感じていることを積極的にぶつけてほしい。
幹部陣含めた上級生からの一方的な意思疎通ではなく、先輩後輩関係のない双方向からのコミュニケーションをより活性化させたいと思っています。
例えば練習内容に不満があれば教えて欲しいし、チームに関わることであれば練習以外のことでも構わない。ベアーが勝つためには何が足りないのか、自分には何ができるのか、部員一人ひとりが問題意識をもってミーティングにも臨んでほしいです。
前期予選リーグでは全勝予選通過できたようにどのチームにも勝てる実力はあるのだから、より個人が主体性をもって取り組むことで後期は絶対に優勝できると信じています。
散文につき失礼。
次回はベアに入って数ヶ月ですが既に「妖怪○そ漏らし」の愛称でみんなから親しまれている我が同期の石田君です。よろしく。
2012年11月19日月曜日
#21 初めまして。
初めまして、今年の後期からベアーに入部しました、法学部政治学科3年西村光平です。今回は自己紹介を徒然なるままに書き連ねていきたいと思います。
〜自己紹介〜
治安が悪いのに住みやすいことで有名な福岡県で生まれ、火の国であるのに地下水が豊富な熊本県で育ちました。担任の佐藤先生を恐れながら日々を過ごしていた小学3年生から、担任の藤吉先生に受験を心配されながら青春を謳歌していた高校3年生まで、サッカーをしてきました。大学に入ってからも大好きなサッカーをするのだろうなーと思っていたのですが、不思議なことに今私はアイスホッケーをしています。
きっかけはベタな、「友達に誘われたから」です。それまで存在は知っており、興味関心はあったものの全く身近ではなかった、特に九州という南国でアイスホッケイなるものをしているなぞ言えば変人奇人を見るような目で見られる、そんなスポーツであったために関わる機会はゼロに等しかったです。そんな物珍しいスポーツをしようと言われたら、断る理由が見当たらない。なぜなら私が「わさもん」であるから。「わさもん」とは熊本弁で「真新しいことや物珍しいものを好む人」というような意味で用いられ、熊本の人たちのそのような性格を指す方言です。そんな「わさもん」(決して「くまもん」ではないよ)にとってアイスホッケイは、「わさもん」を「わさもん」たらしめるに不足なしのスポーツでした。
そういう経緯で始めたアイスホッケイ、何が一番の魅力であるかは言うまでもないでしょう。「かっこいい」んです。そして面白い。奥が深い。かっこいい。
おそらくアイスホッケーがもう少し敷居の低いスポーツであるならば、その虜になる益荒男たちはこの国にごまんといることでしょう。欠点はお金がかかる、時間が遅い、かっこよすぎる、この三つであろうと思われます。せっかくアイスホッケーを始めたのだから、大学四年間でできる限り上手くなりたいというのが私、そして相棒の石田・う○こ・和正の信条です。そしてその目標として定めたのが、熊本県の代表に選ばれ国体に出場するという初心者には少し高めのもの。多くの経験者を追い抜くためにスケート、ビジター、イメトレを欠かさず続け、やっとこさ国体の予選に熊本代表として選ばれることができました。ベアーに入ることを決めたのも、熊本代表に選ばれるためにより厳しい環境でホッケーがしたいという思いからでした。なんだか武勇伝を語っているようで今恥ずかしさと申し訳なさのあまり冷や汗をかいているわけですが、目標にどんどん近づいていくのを実感しながらアイスホッケーに熱を注ぐことはとても楽しいなー、大学に入ってアイスホッケーを始めて良かったなーと、このブログを書きながら再認識しています。長々と自分語りを続けてきて、おそらくお読みになられている方々が飽き飽きしていらっしゃる頃だと思うので、この辺でおしまいにしようかと思います。最後に一言、アイスホッケー最高。
長文駄文失礼致しました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
次は同じ西から始まる西山くんにお願いしたいと思います。
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