2012年11月30日金曜日

#11はい、こんにちは

こんにちは。
石田さんから元祖妖怪糞漏らしと紹介があったベアー二年の川野友裕です。
正確には元祖ではないのですが、色々と話すと糞漏らしネタだけで日記が終わってしまうのでやめておきます。
日記を書くのは、高校の時流行った仲間内でホームページを作った時以来なので、何を書いていいか分かりません。が、考えた結果、僕の今までやってきたスポーツについて書こうかと思います。
興味ないと思いますが、読んでくれたら嬉しいです。

中学時代-バレーボール→バスケットボール
僕は実は中学一年生の時、バレーボル部に入りました。背は150そこそこしかなくとりわけ大きいほうではなかったのですが、先生の強い勧めで入部しました。しかし、バレー部は全然練習をしない万年一回戦チームでした。元々、ガッツリ部活をしたかったし、バレーボールは自分のやりたかったスポーツじゃないと思ったので、バレー部をやめ、隣のコートで真剣に練習しているバスケットボール部に入部しました。1年も終わりかけの時にバスケットボール部に入った僕は、ついていけるのか、チームに馴染めるのか、という不安ばかりが頭を巡っていました。しかしそんな不安もすぐに消えていきました。バスケットボールが本当に楽しかったからです。毎日、有志のみ集まって朝練、授業後は部活をし、6時に練習が終わると、知り合いの草バスケチームの練習に参加したり、高架下でやってるストリートバスケに加わったり、賭けバスケなんてのもしました。まさにバスケ漬けの毎日でした。チーム自体は強いチームではなかったのですが、全中予選では何とか四回戦まで勝ち進み地区ベスト16で終わりました。引退後はクラブチームから声をかけていただいて、クラブチームに所属してバスケを続けました。そしてクラブも12月に引退をし、バスケ生活が終わりました。

高校時代-スキー
バスケも終わり、完全燃焼した僕は遊びほうけていました。そんな時スキー部の友達と監督から誘われました。僕は小さい頃からスキーをしていて、中学二年生の時のスキー合宿で滑りを見ていた監督が入らないかといってくれました。まあ暇だし、てきとうにやってみっか、と軽い気持ちで入部を決めました。しかし軽い気持ちでできるものではありませんでした。アルペンスキー(旗が立ててあって、タイムを競うスキー。ダウンヒルになるとプロだと150キロまででる)ですが、種目としては、ジャイアントスラロームとスラロームの二種で、フリースキーをやっていた僕はアルペンスキーをしたことがなく、初めての合宿で相当落ち込みました。かなりの自身があったからです。上手い奴、速い奴なんてゴロゴロいる。完全に井の中の蛙でした。これは真剣に取り組むしかないと思い練習に励みました。元々フリースキー(基礎スキー)をしていたのでタイムはどんどん上がり、1年の最後の県大会はタイトル取れるんじゃないかというところまで来ました。しかし、大会前日、アップで足首が骨折し、救急車で運ばれました。骨折に加え、靭帯、脱臼もプラスされ、手術、リハビリ合わせて10ヶ月かかりました。シーズンは丸つぶれ。最後まで元の滑りに戻ることなく引退しました。もうスポーツは絶対に真剣にやらない、遊び程度にしか、特にスキーはもういい、そんなことを思いました。

大学時代
そしていろいろあって、今はアイスホッケーをしています。真剣にまたスポーツに取り組んでいます。ホントに難しいスポーツです。

と、こんな感じです。
三つのスポーツをやってきましたが、どのスポーツでも感じたことがあります。「上には上がいる」ということです。スポーツに限ることではないですが、本当に感じます。上手い奴より上手い奴がいる、自分がたくさん練習してると思ってもそれ以上に練習してる奴がいる、ということです。

今、1年の時練習しなかったツケが回ってきている気がします。
まだまだ練習が足らないので、練習して実力をつけ、試合に出れるように精進します。

長文だしかなり自己満な日記になってしまいすいません。柄にもなく真面目なことを書いてしまいました。いや、柄ですね。

では、次は現在上映中の映画「ホビット」の続編の撮影で多忙を極めている主演の要南欧人くんに回したいと思います。よろしく














2012年11月27日火曜日

#61 はじめまして



はじめまして。3年の石田和正です。後期になりKEIO ELKから移籍しベアの一員として仲間入りしたばかりですが、西山君からの紹介にありましたように「妖怪◯そ漏らし」としてなんとかメンバーに強烈な印象を植え付けることができたのではないかと思っています。

ベアの日記がどのような歴史を刻んできたのか全く想像がつかず、どのようなことを書けば良いのかわからないので、とりあえず僕の趣味である ”旅” ついて書こうと思います。(お前の趣味なんぞ興味ないわという方は次の人の日記まで少々お待ちください)
旅歴
①大学1年 東京から実家のある熊本まで自転車で帰る(いわゆる日本横断?)
②大学2年 約1ヶ月間ヨーロッパ6カ国周遊+約2週間NY
③大学3年 約1ヶ月半東南・東アジア6カ国周遊
(予定)大学4年 サモア諸島でダイビングライセンスをとりツバルなど南国周遊
     南米一周 


①なんちゃってロードバイクを買って、思いつきで旧友と2人で自転車旅行することに。出発当日豪雨に見舞われ、びしょびしょになりながら箱根の芦ノ湖を目指したせいで到着時には全身ふやけていて足先は水虫になったんじゃないかと思うほどの痒みに襲われ、初日にして心が折れそうになりました。静岡では、120キロ近く走行して汗だくになったあとに野宿しようとしたら、近隣の人が異臭がすると警察に通報したらしく、なぜか警察に補導されてしまいました。


②バックパッカーという言葉に憧れ、ヨーロッパへ。特にハプニングもなく終了。オススメはオランダのザーンセ・スカンスという風車村とスペインのトマティーナ。ザーンセ・スカンスはいかにもオランダって感じで、風車の中にも入れたりチーズの試食ができたりします。オランダまで行かなくても長崎のハウステンボスで同じ雰囲気を体験できますが、感動はオランダのほうが大きいと思います。スペインのトマティーナは言わずと知れたスペイン3大祭りの1つで、1日に120万トンのトマトが使用されます。トマトは投げるも良し食べるも良し(固くてマズい)、見知らぬ人のTシャツやズボンを大男どもが引き裂いてスッポンポンにさせるのも良しとされる、なんでもありのキチガイな祭りでした。ちなみに、女性の服を引きちぎることが許される権利は女性の友人のみに与えられるらしいです。

③インドにいた3週間弱、常時下痢でした。空港でも、電車でも、ホテルでも、タージマハルでも、砂漠でも、、、常時下痢。まさか、砂漠のど真ん中で朝日が登るのを見ながら下痢をするとは思いませんでした。インドと言えば下痢。というほど下痢の記憶しかありません。うそと思うかもしれませんが行けば分かりますよ。インドと言えば下痢。


バックパッカーと聞くと、若干カッコよく聞こえます(自分には)がやってみて分かったことはかなりの精神力と体力を要することと「一人旅してる自分!」みたいな自己陶酔をしなければやってられず、決してカッコイイものではないということです。ですが、ハプニングやいろいろなおもしろい出会いがあるので経験の一つとして、旅をここでオススメしておきます。


長文駄文汚文失礼しました。
みなさん忘れているようですが、僕はあくまで「妖怪◯そ漏らし2世」です。
 
ということで次の日記は「元祖妖怪◯そ漏らし」の川野よろしく。

2012年11月22日木曜日

#7 ごきげんよう!

日増しに寒さの募る今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
武朗からの催促メールが届いたのでそろそろ書きます。

今季期待の星である西村君から日記を受け継ぎました三年副将の西山亮です。

私事ではありますが先日ついに「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」を観に行きました。前作放映から3年もの間、首を長くして待ち望んでいただけに感動は一入、未だ興奮冷めやらぬといったところでしょうか。まるで3年越しの恋が実ったような気分です。3年後しの恋とかしたことないけど。

そんなわけで今モチベーションはかなり上がっております。おそらく今日の試合では3点くらい決められるんじゃないでしょうか。

そんなことはさておき、今回はこの場をお借りして練習後行われるミーティングの意義について思うところを書き連ねたいとおもいます。

結論から申し上げると部員全員にもっと主体的にミーティングに参加してほしいし、するべきだと思っています。
最近は岩本やりゅうの、クインなんかは積極的に反省点・改善点等を指摘してくれていますが、他のみんなも練習中考えたことや感じていることを積極的にぶつけてほしい。
幹部陣含めた上級生からの一方的な意思疎通ではなく、先輩後輩関係のない双方向からのコミュニケーションをより活性化させたいと思っています。

例えば練習内容に不満があれば教えて欲しいし、チームに関わることであれば練習以外のことでも構わない。ベアーが勝つためには何が足りないのか、自分には何ができるのか、部員一人ひとりが問題意識をもってミーティングにも臨んでほしいです。

前期予選リーグでは全勝予選通過できたようにどのチームにも勝てる実力はあるのだから、より個人が主体性をもって取り組むことで後期は絶対に優勝できると信じています。


散文につき失礼。
次回はベアに入って数ヶ月ですが既に「妖怪○そ漏らし」の愛称でみんなから親しまれている我が同期の石田君です。よろしく。

2012年11月19日月曜日

#21 初めまして。

 初めまして、今年の後期からベアーに入部しました、法学部政治学科3年西村光平です。今回は自己紹介を徒然なるままに書き連ねていきたいと思います。

 〜自己紹介〜
 治安が悪いのに住みやすいことで有名な福岡県で生まれ、火の国であるのに地下水が豊富な熊本県で育ちました。担任の佐藤先生を恐れながら日々を過ごしていた小学3年生から、担任の藤吉先生に受験を心配されながら青春を謳歌していた高校3年生まで、サッカーをしてきました。大学に入ってからも大好きなサッカーをするのだろうなーと思っていたのですが、不思議なことに今私はアイスホッケーをしています。
 きっかけはベタな、「友達に誘われたから」です。それまで存在は知っており、興味関心はあったものの全く身近ではなかった、特に九州という南国でアイスホッケイなるものをしているなぞ言えば変人奇人を見るような目で見られる、そんなスポーツであったために関わる機会はゼロに等しかったです。そんな物珍しいスポーツをしようと言われたら、断る理由が見当たらない。なぜなら私が「わさもん」であるから。「わさもん」とは熊本弁で「真新しいことや物珍しいものを好む人」というような意味で用いられ、熊本の人たちのそのような性格を指す方言です。そんな「わさもん」(決して「くまもん」ではないよ)にとってアイスホッケイは、「わさもん」を「わさもん」たらしめるに不足なしのスポーツでした。
 そういう経緯で始めたアイスホッケイ、何が一番の魅力であるかは言うまでもないでしょう。「かっこいい」んです。そして面白い。奥が深い。かっこいい。
おそらくアイスホッケーがもう少し敷居の低いスポーツであるならば、その虜になる益荒男たちはこの国にごまんといることでしょう。欠点はお金がかかる、時間が遅い、かっこよすぎる、この三つであろうと思われます。せっかくアイスホッケーを始めたのだから、大学四年間でできる限り上手くなりたいというのが私、そして相棒の石田・う○こ・和正の信条です。そしてその目標として定めたのが、熊本県の代表に選ばれ国体に出場するという初心者には少し高めのもの。多くの経験者を追い抜くためにスケート、ビジター、イメトレを欠かさず続け、やっとこさ国体の予選に熊本代表として選ばれることができました。ベアーに入ることを決めたのも、熊本代表に選ばれるためにより厳しい環境でホッケーがしたいという思いからでした。なんだか武勇伝を語っているようで今恥ずかしさと申し訳なさのあまり冷や汗をかいているわけですが、目標にどんどん近づいていくのを実感しながらアイスホッケーに熱を注ぐことはとても楽しいなー、大学に入ってアイスホッケーを始めて良かったなーと、このブログを書きながら再認識しています。長々と自分語りを続けてきて、おそらくお読みになられている方々が飽き飽きしていらっしゃる頃だと思うので、この辺でおしまいにしようかと思います。最後に一言、アイスホッケー最高。

長文駄文失礼致しました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
次は同じ西から始まる西山くんにお願いしたいと思います。
 

2012年11月18日日曜日

#17 ゆとり世代


本年ベア―5年目の修士2年渡邉憲太郎です.

【両立】とは改めて困難であり,何をもって【二つが成り立つ】と判断するかは各々の内的管理に依存する.

その塩梅が,自分の場合とても低かったのではないかと最近感じています.
本チームに復帰して早1年,既に最後のリーグ戦が始まり,
研究室でも修士論文や学会の準備へ向けた大学生活の終盤に差し掛かっています.
本来ならば研究室に籠り,夜通し研究をすべき時なのだろうと思いますが,
僕にとってホッケーは生活にメリハリを与え,学業との両立に必要不可欠なものといえます.
修士1年の堕落していた時期とは比べ,研究を真剣に取り組むようになったことから,やはりその効果は出ていると感じることができます.
しかしこの場合,【両方を本気でやる】という前提が【相乗効果】の必要条件であり,どちらかの手を抜けばその効果は望めません.
するとその前提が不可能となった場合,その条件を【緩和する】という選択に陥ることになります.
これが続けば,小さなことにいくらでも達成感を得ることができてしまうのです.

したがって【自分では両立できている,実際は両方全然できていない】という状況ができるわけです.

ここで改めて.
今のベア―の後輩には,留学や国家試験を目指している(実現した)者,ホッケー大学スタートで熊本代表に選ばれた者,商社マンとして新興国開発を目指す者など,
非常に魅力あるメンバーが揃っています.
既に卒業してしまった同期は,外銀および銀行・広告・新聞・飲料メーカー・証券・国立大学院など多種多様な業界・職種に進んでおり,それぞれの領域でプロを目指し優秀な活躍をしています.

彼らをみていると,内的な相対評価から外的な絶対評価に移行し,自分のレベルの低さを実感することができるのです.
そして彼らが皆有する共通項は【目標・向上心・謙虚】が存在するということです.
【ゆとり世代】など,本当にあるのでしょうか.
ぼくはこのままではまったく【がち】ではないわけです.

【無知の知】とは,一生のうちで何度体験できるかわからない非常に貴重な体験だと思います.
したがって,この無知に気づけたことを【修士でベア―】という状況に帰着させ,
修了まで【目標・向上心・謙虚】を念頭に,大学生活を最後の最後まで充実させたいと思います.
後輩,OBOGの方々,そして同期には迷惑をおかけすると思いますが,今後とも何卒,よろしくお願いい致します.

次は,熊本代表入りした光平くん!よろしくお願いします.



慶應義塾大学大学院 理工学研究科
開放環境科学専攻 修士2年
渡邉憲太郎


Appendixs
「現在のメンバーには理系が0」であることと自分の専攻が高分子材料であることを踏まえ,以下にホッケー用具の材料的な解説を記述しておきます.参考までに.(中には【予想】のものも含まれます.)


1)スケート エッジ:
【ステンレス】が使用.ステンレスとは,金属酸化を防止するためにCrやNiを混合し,合金化した素材.日本刀も同じ原理で製造(方法自体は異なる).焼き討ち(入水)することで表面と内部の結晶構造を変え,より長寿命化が実現.アイスホッケーでは一般的に【研磨】をするため,その際に生じる微小な傷や凹凸に水が侵入し,錆が生じることがある.また,近年アルミニウム(ステンレスより軽量な金属)を複合化したり,カーボンコーティング(ブラックエッジ)したりすることでより軽量でかつより丈夫なエッジが開発されている.

2)スケート ホルダー:
Webでは【強化プラスティック】と記述されていることが多い.適度な柔軟性もあることから,おそらく【ナイロン系樹脂】が使用され,結晶化度が非常に高くなっていると考えられます.結晶とは,分子が綺麗に配列したものであり,結晶部分が多くなると耐熱性や力学物性が上昇します.(一般的にホルダーが白色なのはこの「結晶」のため.透明なホルダーが壊れやすいのは結晶が少ないため.)

3)スケート 本体:
・本体側面には【ケブラー】と呼ばれるアラミド繊維と,それをつなぎとめる【熱可塑性樹脂】(熱をかけると溶けるプラスティック)が使用されています.ケブラーは,防弾チョッキにも利用されている耐衝撃性の高い材料であり,熱をかけても融解せず,酸にも溶媒にも溶解することはありません.そのため,オーブンでスケートが変形するのはケブラーではなく,その隙間に充填された熱可塑性樹脂が変形していることになります.またその熱可塑性樹脂の多くは,氷上という過酷環境下で利用可能な【ポリウレタン】という材料が主に利用されていると予想できます.ポリウレタンはゴム材料に近く,0℃付近でも脆化しません(普通のプラスティックは,温度が低下すると脆くなってしまいます.ガムと氷を一緒に食べるとガムが硬くなるのと同じ現象).また,水の侵入を防ぐ効果も持っています.

・また,靴底には近年非常に注目を浴びている【炭素繊維強化プラスティック(CFRP)】が利用されています.これは,本体側部と異なり,非常に硬質な材料であることがわかります.CFRPとは,「鉄よりも硬く,アルミより軽い」炭素繊維と,ポリアミドと呼ばれる熱硬化性プラスティック(熱をかけると固まるプラスティック)の混合体です(だからオーブンでも靴底は変形しません).ケブラーと異なり耐衝撃性は少ないものの,非常に軽量で高硬度を有する材料です.そのため,あらゆるスポーツ用品にも応用され,さらには炭素繊維の配列の仕方や炭素繊維の含有量を変化させることで飛行機や自動車の機体への応用が実現しています.(スティックやブレードの値段が異なるのはこのため.繊維の織り方が特殊で,かつ炭素繊維の含有量が多いと,より薄く軽量な者ができるが,値段はそれに比例する.)

4) ヘルメット:
表面には【ABS樹脂】(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体)が使用.ABS樹脂は,スケートの先にも使用されています.内面には【ウレタンフォーム(発泡剤)】が用いられており,頭部への衝撃を緩和してくれます.良いヘルメット程,ウレタンフォームは硬くなります.(弱い衝撃の場合,衝撃吸収材は軟らかい方が威力を発揮し,強い衝撃の場合は衝撃吸収材は硬い方が威力を発揮します.これは,軟らかい材料に急激な力を即座に負荷することで硬い材料へと一時的に変化し,逆に直に頭に衝撃を与えてしまうからです.100 mから水に飛び降りるのと一緒.)バイザーには高透明性かつ高強度を有する【アクリル樹脂】が用いられています.(メガネのレンズや水族館の水槽にも使用されています).



MG 1日練習しなければ自分に分かり、2日練習しなければ友人に分かり、3日練習しなければ聴衆に分かる

ベアの日記をご覧のみなさま、こんにちは。
お世話になっております。4年生マネージャーの橋本玖美です。
11月も半ばを過ぎ、街はクリスマス一色に染まり始めましたがいかがお過ごしでしょうか?

 
今練習を終え帰宅したところなのですが、帰りの上井くん車の中で帰ったら日記を書くと宣言したので早速取り掛かってみました。少し眠くて頭が回りませんが頑張りますので少々、お付き合いください!

 
引退などについてしんみり書こうかなと思ったのですが引退については白熊会報で書き、今回は練習後でなんだかおなかも少し空いているので「ベアの練習後のごはん事情」について書こうと思います。と言っても私はここ2年間くらい頻繁にごはんに行く車に乗ってないので、実は最近のごはん事情にはうといのですが、やはりラーメン屋さん(一風堂、麻布ラーメン、刀削麺など)は頻度が高く、他にもサブナードやガスト、松屋などにも行っている様子がうかがえます。あと車の方面によって行くお店が異なるのもおもしろいです。
 

4年間のなかで一番衝撃的だったごはんは神宮のそばにあるホープ軒です。ご存知の方も多いかと思いますがホープ軒というラーメン屋さんはスープが背脂に覆われ、超極太麺のとにかくこってり系のラーメンです。当時2年生で憲太郎さんと佐藤さんと花衣の4人で行き、そのラーメンの姿に衝撃をうけました。けれど花衣と半分こして食べたところ、2人でついついおいしくて完食してしまった記憶があります。初めて行ったホープ軒は驚きと同じ位みんなでわいわいしながら食べて楽しかった印象が強いです。
他にも昨年、フォーさんと清水君と六本木の天下一品に行き、夜遊び帰りのパーティーピーポーな人々に囲まれ、周囲との温度差を感じながら食べたりと色々なことがありました。懐かしく、良き思い出です。


また練習が朝早くに終わる時間帯によってはごくまれに築地に行くこともあります。
私はまだ練習後に行ったことがないので、引退までの間に行けたらラッキーだなと思っています。

 
と書いたところで寝てしまっていました…。やはり練習後の睡魔には勝てません。朝、読み返してみてもぐだぐだで申し訳ないです。あとタイトルも長すぎですね。
ですが次に日記を回す渡辺憲太郎さんはすばらしい日記を書いてくださるのでご安心ください!では憲太郎さんよろしくお願いします。

2012年11月16日金曜日

MG  最後の日記


こんにちわ、マネージャー4年目の須永花衣です。いつもお世話になってます。

とっても苦手な日記…ついに回ってきてしまいました。
一発目上井くんの日記を見て大変ショックを受けたのですが、「堅苦しくなったが、初頭記事ということもあり敢えてこのような形にした。以後の記事は楽しい、ざっくばらんな内容で構わない。」とのことなので私らしく書いていこうと思います。

最後の日記ということで悩んだのですが、真面目な話題は苦手なので、この4年間お世話になった 車 について振り返ってみようと思います。

① まず、悠史さん&上井くん車 WITH 麻衣
大学1年生の文京区に住んでた頃、この配車で一年間を過ごしました。この車は完全に後部座席の花衣麻衣、前の2人の温度差が激しかったですね。後ろで麻衣とあーでもないこーでもないとガールズトーク(笑)を永遠にしていて、上井くんにはくだらない人たち、と思われていたに違いありません。そんな上井くんもだんだん心を開いてくれて、たくさんお話してくれるようになっていくのが嬉しかったです。今では大の仲良しです。 本当です。

② 次に引っ越しをして、佐藤さん&そうたろうさん車 WITH憲太郎さん、玖美ちゃん
この車は、前車の平和な雰囲気と打って変わってとっても激しい車でした。歌を歌わされ、それが録音されていて、YOUTUBEに晒すと脅迫を受けたり、玖美ちゃんがすべらない話をするまで車が逆方面にひたすら進んでいく、という謎の遊びが始まったり、、毎回車に乗るときは緊張していました笑。それでもときどきまじめな話も聞かせてくれたり、愉快な先輩たちなので笑いが絶えない楽しい車でした。一年生は会ったことない人も多いかと思いますが、会ってみたらわかります。

③ 御手洗さん車 WITH智子、喜和子 → クインくん、佐原さん
この車は御手洗さんの話がとにかく面白かった、ことしか覚えてないです。御手洗さんといえばものまね。自分もものまねされていると知ったときは、びっくりしましたが!今度見せていただきたいです。御手洗さんはいろんなお話を聞かせてくれました。朝までお話することもありました。御手洗さんの話を聞いて、このままぼーっと生きててはだめだ!といつも思うのですが、寝て次の日になるといつも通りぼーっと過ごしてしまうのでした。

④ 蒲谷くん車 WITH川野くん →まどか、西村くん、駒井くん
今わたしがお世話になっている車です。東京無難方面と呼んでいましたが、蒲谷くんの管轄はだいぶ広がってきています。蒲谷くんありがとう! この車で、完全にわたしの練習帰りのごはん嫌いキャラが出来上がりましたね。時々わたしもお腹空いてるんだけど、とりあえず嫌がらなきゃ、みたいになってます。この車には蒲谷くんが免許取り立ての頃から乗っています。わたしが言うのも何ですが、運転技術がどんどん成長していますね。最近では、片手で運転したりよくあくびをしているので少しひやひやしますが。そんな蒲谷車はこの間初めてJAFにお世話になってしまいました…とほほ 皆さんも気をつけて下さいね。

ざっくりと簡単に振り返ってしまいましたが、
ベア生活もあと2ヶ月きっているのかと思うと、やはり寂しいものです。これからは嫌な顔せず、練習帰りのご飯でもいきましょうか…!


寂しい寂しい、言ってますが、後期リーグまだまだこれからでしたね!
こんなわたしですが、最後までサポートさせて下さい。

4年生なのにとんちんかんな日記を書いてしまってごめんなさい(><)次は橋本玖美さんです、彼女の日記に期待しましょう。


2012年11月13日火曜日

マネージャー 久しぶりのアイスモナカ


皆さまこんにちは。
慶應ホワイトベアマネージャー4年、藤原麻衣と申します。我が主将、上井くんの後に日記を書くのは大変プレッシャーであり、自分の未熟な文章をここで晒すのはお恥ずかしい限りですが、稚拙美という観点から私なりに攻めていこうと思っております。

さて、11月も中盤に差し掛かり後期のリーグ戦も始まりました。戻ってきて下さった渡辺さん、上井くん、玖美、花衣、私の5人にとっては最後のリーグ戦で、最近よくこの4年間を振り返ります。バスケットボールをずっと続けてきた自分がまさかたくさんある選択肢の中からアイスホッケーのマネージャーを選ぶとは全く思っていませんでした。しかし、アイスホッケーを通して沢山の素敵な人たちと出会えて、入部して本当良かったと思っています。縁とは不思議なものです。

振り返りついでに私が1年生の時に書いたベア日記を読み返しました。今よりも低姿勢でまだ可愛らしい文章を書いていた事を再確認し、現在の自分の傲慢さを少し反省したところです。昔は頑張って隠していただけの事ですが。
「あと少しで4年生が引退してしまうことがすっごく寂しいし考えたくありません。だからもう考えないことにしました。」
この自分の文章を読んで、相変わらずの自分の適当さに呆れつつも、1年生の時は様々なベアのイベントに参加していたなと思いました。練習や合宿はもちろんですが、飲み会や旅行へ行き、さらにベアが好きになったのは事実です。しかし、今年はあまりそういうものに参加していません。別れることが分かっているカップルの彼女の気分と言いますか、あと少しで引退だと思うと深入りするのが怖いのが乙女心♡というものですね。また恋愛の話にからめるのかと、清水車のみんなが呆れている顔が目に浮かびます。

去年の日記にはNY校の友達が特別な存在だと書いた覚えがあります。でもまた違う意味でベアの仲間も私にとってはとても大切な存在です。あの時にもう書いてしまおうか迷いましたが、今年にこの言葉をとっておいてよかったです。
今この日記を読んでいる数人の感動をよんだのではないでしょうか。違うでしょうか。
こんな感じで信じてもらえるかどうかわかりませんが、体力的・精神的に辛くても、親に反対されても、本当に続けて良かったと感じています。今まで当たり前に存在していた「慶應ホワイトベア」が、あと約2か月で自分の生活からなくなってしまうと思うと、正直 悲しい という一言では言い表せない、複雑な気持ちです。でも、こんな気持ちになれるくらい特別な存在ができた事はとても幸せですね。

私がベアに入部する気持ちにしてくれた先輩たちに、ずっとここにいたいなという気持ちにしてくれた後輩たちに、そしてずっと一緒にいてくれた同期にも、ありがとうと言いたいです。直接伝えるのは恥ずかしいのでこの場をお借りしちゃいました。

風邪で弱っているせいでこんな文章を書いてしまいましたが、もうそろそろ寝たいのでこれで失礼します。

次は、お兄さんが結婚するというすごくハッピーなニュースを聞かせてくれた花衣にお願いしたいです*

2012年11月10日土曜日

#9 体育会所属団体(準体育会)についての所見

#9 上井大舟


この所見は現役部員、もしくはOB諸兄をはじめとした関係者により読まれることを前提に書かれたものであり、現役部員は本年度の主将による所見として須らく共有されたい。


<目的>まず体育会所属団体(以下準体育会)は慶應義塾体育会局により公式の認可を受けた団体であり、塾生のスポーツを奨励することを目的として設置されている。(公認団体サークルの認可主体は学生部である。)他にもラグビー、野球、アメフトといった準体育会が存在する。定期的に行われる審査においては対戦成績、財政状況、年間計画、OB組織などが審査される。加えて、昇格希望があるにも関わらず、ここ数年新団体が誕生していない事実からも審査の難度は非常に高い。なお体育会局へは全部員を登録し、当然有事の際には照合され処分される。新種目体育会や理工学部体育会、医学部体育会がどのような位置づけをされているのかについては不明だが、医学部体育会に所属する学生は自分達のことを「体育会」と捉えていることは想像できる。

<実態>スケート部アイスホッケー部門とは性質を異にし、練習頻度、内容、および上下関係、学生服の着用などの文化につき大きな違いがある。アイスホッケーサークルも存在するため、両者に挟まれた「準体育会」の立場についてはしばしば疑問を持たれる所である。他大学には準体育会の概念は存在せず、同好会リーグの他チームはすべて「サークル」に分類される。したがって対戦相手はサークルであり肩書きは塾を代表する体育会として曖昧な立場を取らざるを得ないにも関わらず、数年来は対戦成績も芳しくないため肩身の狭い思いを抱いているのは運営幹部にとどまらないであろう。加えて上記のスケート部の選手レベルの高さ、活動内容に比すると当クラブは体育会よりもサークルに近い。

<意義>果たしてこのような実態の下、肩書きを背負う我々が求められるものは何であろうか。廃部せずにクラブが存続しているという意味から、スポーツ推奨という目的は達せられているように思う。あくまで当クラブは「準体育会」であり、「体育会」ではない。体育会局が他大学にない「準体育会」組織を創設したからには元々体育会の部とは異なるものとして準体育会を位置づけているはずであろう。運営の効率化のため、部の二軍、三軍選手を便宜的に分割し、創設されたのではない(手続きは組織ありきで、審査を要することは既に記述した)。ならば体育会とは違ったものとしてクラブを考え、どのように固有性=アイデンティティを見出していくかが所属する部員の責務である。体育会局に登録された学生であるのだから、対外的に自分が「体育会」であると言うのは可能であって個人の自由であるが、「体育会スケート部」とはまるで違うものだということも説明できなくてはならない。どう違うのか、なぜ体育会ではなく準体育会を選んだのか。肩書きだけ伝えるのは容易であるが、詳細について聞かれた時に体育会ブランドのメッキはすぐに剥がれる。

<考察>『あくまで当クラブは「準体育会」であり、「体育会」ではない』というのがこの所見の本質である。大学時代に何をして、どう過ごすのかを考えた時にスポーツを組み込むならばその活動場としての選択肢を提供することに当クラブの存在意義はある。その活動程度は体育会でもサークルでもない。いずれにせよ結果として得られるものは異なる。ただし所属する組織を選ぶ際に結果として得られるものを明確に意識し、選択に反映することは現実的に不可能であろう。皮肉にもこればかりは帰納法的に見出すしかない。そして見出すころには現役期間も残すところ2カ月、というのが現在の私である。


堅苦しくなったが、初頭記事ということもあり敢えてこのような形にした。以後の記事は楽しい、ざっくばらんな内容で構わない。次は4年藤原。

以上

2012年11月9日金曜日

#12 初めまして!

ブログをご覧の皆様、初めまして。
慶應ホワイトベアー副将、主務、WEB担当の小林武朗です。

今年度ももう終わりに近づいてきましたが、
今までやれていなかった日記リレーを開始します。

まずは、主将上井さんからです!
上井さん!お願いします!!